11月10日(日) 福島南相馬に行ってきました

11月10日、山古志闘牛会とふるさと会、あわせて30人ほどで、福島県南相馬市の仮設住宅へ今年の新米を届けに行ってきました。震災以来、山古志の木篭でたくさんの被災者の方々と励まし、励まされ、お付き合いをさせていただきました。でも、自分で福島に行ったことがない、自分の目で福島をまだ見ていない、そんな少し後ろめたいような気持が、やっと報われた会員も多かったことと思います。

皆で袋詰めをして、松井会長さんのメッセージを入れたお米を、ひとつひとつ仮設住宅の方々に手渡しました。恩返し地蔵さんも一人で200個も作られたふるさと会のお母さんが、お年寄りから小さなお子さんにまで丁寧に手渡しました。“元気になってね、頑張ってね”の言葉も、いつの間にか“ありがとうね、頑張ろうね”になって、山古志の私たちも、福島の方々も、お互いに支えあって進んでいるんだなあと思いました。

  

その後、集会場で伴奏の伴さんが音頭をとってみんなで歌の会。“私が有名な歌手なわけじゃないけれど、ここに集まった皆さん一人一人が素敵な歌い手さん”その言葉とユニークな伴奏で、懐かしい、あったかい歌をみんなで歌いました。「花は咲く」を歌いたい!その歌詞はとても心にしみこみます。大勢がひとところに集まって、声をあわせて元気をもらいました。笑いに涙に手拍子に。みなさん本当にありがとうございました。

  

バスは海に向かって進みます。広がる草原はかつての田んぼです。雨も降り始めて荒れる海。“津波はあの林も丘も呑み込んで、あの山のふもとまで舟が転がっていたんです”「あの山」と言われても、雨の中ではかすんで見える遠く向こうの山。“集まっていたお年寄り、車にいた若い人たち、みんなみんなここで亡くなりました” 海を背に、観音様に向かって懸命に話す宍戸さんの言葉は「私たちのことを忘れないで」と言っているようでした。

  

帰り道、飯舘で鮮やかな紅葉の山々と、ふもとの家々の人気のなさに言葉を失いました。街灯だけつき始めても、家に明かりは灯りません。南相馬も中心街はすでににぎやかな街のよう。でもたくさんの仮設住宅に住む方々とその暮らしぶりに、“私たちが帰れる日はいつ来るのでしょう”と、今なお長岡で避難生活を送る方は言いました。“私たちと同じだったよお…”と目頭を押さえる木篭のおばあちゃん。先の見えなかった9年前を思い出されたのでしょう。小さいけれど、ひとりひとりの私たちの今日の気持ちを、これからもずっとつなげていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

2013.11.12 | イベント報告,新着情報,最近の木籠

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